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珈琲は、みんながどんな飲み物かを知っているのにその起源から歴史、生産地、豆の見分け方、焙煎の技術についての知識は実に曖昧です。したがって専門家や著名な人たちが発信する解説などが常識となりがちですが、肝要なのは我々が買う珈琲豆は焙煎された豆だと言う事実です。味は焙煎で変わります。そして「この味が美味しい」と思う味覚は一人一人違っていて当然です。

一般に国内で流通する品種はアラビカの中で在来種と言われるテピカやブルボンが主流となっていて、ロブスタはアイス用として僅かに使われる程度です。単一農園栽培や栽培地域限定品はスペシャリティと言われ概して高価です。しかし、それ以外の豆の味が必ずしも劣るものではなくブランド品かそうでないかの違い程度にしか香炉庵の店主細山は考えていません。その時に与えられた生豆の個性、特徴となる味や香りを最大限に生かす焙煎をするにはどうしたら良いかが重要だと細山は考えています。

例えば同じタンザニアでも中煎りと深煎りでは別の生豆を調達し2種を売ります。その生豆に最適な焙煎をとの強い思いからです。そんな細山ですから、いつも同じ味をお客様に提供したいのですが、春夏秋冬で気温、湿度は変化します。それでも味のレベルの振れ幅が少なくなるように環境の変化を疑い、釜を調整しながら焙煎しています。時々、生豆問屋がリリース前の生豆を香炉庵に持ち込み、テストローストの依頼をして来ることがあるのですが、それは細山の技術が確かである証拠です。

細山は50年近く焙煎をしてきて、これまで数十種類のブレンドを考えましたが、そのブレンドのネーミングは独特です。創りたいイメージが湧くとネーミングして配合を決め、味を調えます。ブレンドごとに個性がありファンが付いています。いつ頃からからなのかはわかりませんが、お客様から「ブレンダー」と呼ばれるようになった所以ですね。他の人には無い味の違いがわかる舌があるのだと私は思います。蛇足になりますが、透明の保存瓶から透けて見える豆の色合いの濃淡コントラストも楽しめます。それは豆を別々に焙煎後に後からブレンドしているからです。混合して一度で焙煎するよりも豆の個性を残せるそうです。

珈琲は嗜好品です。他の人が美味しいと発信していてもご自身が美味しいと思う必要はありません。そのお客様が美味しいと感じられるお好みの味を香炉庵で見つけていただけたら、それが細山にとっては何よりもうれしいはずです。

香炉庵の味への評価は、提供する珈琲豆をお客さんが美味しいと感じるかどうかに尽きます。飲み方についてご質問をいただくと、細山は都度お答えしていますが、「買っていただいた珈琲はお客様のモノなので、あとはご自分のお好きなように飲んでお試しください、特に決まった飲み方はありません」が細山の本音ではないでしょうか。

それと細山は「自分は学者ではないので、香りの研究など無意味だよ」と言います。
香り、味、コクに細山が人一倍こだわるのは、お客様に美味しい珈琲を手軽に飲んでいただきたいと思う一途な気持ちが彼にあるからです。

香炉庵のコンセプトはアンチロースターです。大手ロースターのように規模は大きくありません。釜は一度に2.5Kほどしか焙煎できません。でもお客様は焙煎したその日に豆をご自宅へ持って帰ることができます。そしてプロパンガスによる手動式の焙煎釜の特徴はアナログの調整ができるところです。音楽に譬えるならアナログレコードではないでしょうか。デジタルCDでは再現できない音域(味)までを拾い聴くことができるイメージです。

焙煎後は手で豆の選別(ハンドピック)を行いますが、目的はその珈琲の味を常に維持するため、発酵豆、砕けた豆、未成熟豆と異物を除去することに尽きます。マグロの解体ショウではありませんので、この作業は誰かに見せるものではなく楽屋落ちで良いと細山は言います。

焙煎度について。香炉庵では概ね浅煎、中煎、深煎に分けられますが、店によって焙煎器具も環境も異なるのでこの区別も様々です。海外ではライト、シナモン、ミディアム、ハイ、シティ、フルシティ、フレンチ、イタリアンと焙煎度を区別したりもするそうです。

焙煎された豆は、直後の数日間はガスが発生します。豆の種類によって期間は変わりますが、数日で味は安定しますので、焙煎後2~3日後以降にその豆本来の特徴を楽しめるようになります。買ってすぐにご家庭に持ち帰りその日に飲んでもらっても、数日後に飲んでもらっても良いように豆を焙煎するのがアンチロースター細山の原点です。珈琲は生鮮食品ではありませんので、焙煎してすぐが美味しいと一概には言えないところがありますが、お客様が買ってすぐに飲んでも、数週間かけて飲んでも自由なのでどんな飲み方をしていただいても最低限の味は担保したいと細山は考えます。

抽出の器具。ボイル式のパーコレーターは一般的ではありません。サイフォンはやや細かめに挽いた粉を下から上がってくる沸騰した湯で攪拌して抽出しますが、攪拌時間が長いと雑味が出て苦かったり濃くなるので時間が味の決め手になるそうです。セレモニー的で、店に漂う香りの演出がその目的のひとつで以前流行りました。透過式はペーパーフィルターとネルフィルターがあります。ペーパーは少量のため湯の太さや量で難しさはありますが、基本を押さえていれば概ね同じ味が得られます。味はネルに比べてやや直線的ではっきりした味になります。ネルの良さはペーパーのように紙を敷くドリッパーが無いので湯の重さで自然に珈琲液が抽出され、アクが出にくく旨味が十分に得られます。

湯温はペーパーとネルともに決して沸騰したての(湯がボコボコしている)高温で抽出しません。83℃~90℃が理想とみています。高過ぎるとタンニン(渋味)が出やすく、不可溶成分のシルバースキン(白い薄皮)や微粉が溶け出して苦味や渋味の原因となります。温度が低過ぎるとタンニンは抑えられますが旨味成分や味が出辛く平坦な味となります。特にペーパーの場合、高温で蒸らすと粉が膨らみ過ぎて密度良く抽出するのが難しくなるようです。細い糸のように湯を最初から最後まで注ぎ続ける入れ方もあるそうですが、これはできるだけ雑味を出さない反面まだコーヒーの味が出せるのに雑味を完全に抑えようとするためにまだ出る旨味を捨ててしまってもったいないのだそうです。その分、粉の量を多くしないと味は出ません。このように抽出の器具は色々あります。同じ珈琲でもそれぞれの器具で味や濃度が違って当然ですが、結論的にはどれを使ってもその珈琲豆の特徴自体が失われることはないと細山は言います。

最後に、香炉庵の生豆の調達には店主が永年培ってきた人脈が活かされています。複数のルートを持ち、その年によって変化する生産地の収穫情報を得て必要な材料を調達します。治安が悪い国からの輸入豆は確保も大変です。

ここに記させていただいた内容は、たかが常連客の一人である私が香炉庵の店主細山茂男さんから教えてもらったこと、細山さんと普段話していることをまとめたものです。どうか皆様がご自身でその真実をお確かめいただけること心から願っております。

(原田一)